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泣ける話 『「闘う」って意味 【シベリア抑留】』他

fuyugesiki fuji 55

 
yuki-lin1B

  この時期60数年前の遠い日  
 寒いよりも凍るという表現がふさわしいシベリアの出来事を
 ある動画によって記事にしたいと思いました。

 この方のお祖父さんがシベリア帰還の方だったようです。
 「シベリア日本兵捕虜収容所(抑留)」の事は、
 パンドラの箱のような扱いで
 日本国内では本当に冷たい扱いが多いのです。
 それはなぜなのか、それを読み取っていただければ幸いです。
   katakuri

foto-baner-tori1 

 泣ける話 『「闘う」って意味 【シベリア抑留】』
公開日: 2013/12/01

シベリアから帰ってきた爺ちゃんと腕時計にまつわる泣ける話です。

 俺が小さい頃、一人っ子で両親共働きだったから鍵っ子って奴だった。
だからちょっと内気で友達もできなくて、よく爺ちゃんの家に行ってた。

じいちゃんは会社の社長でさ
忙しかったけど俺が行くと絶対遊んでくれた。
しかも小遣いまでくれるもんだから調子乗って毎日行ってた。
中学に上がって段々グレてから、じいちゃんの家にあんま行かないようになってた。
でも小遣い欲しいときだけは行ってた。
じいちゃんはマックのポテトが好きだったから
ポテト買って行けば嬉しがって小遣い多めにくれたりてたから、またまた調子乗った。
そんなのが続いて俺が中3の10月くらいにじいちゃんが突然倒れたって聞かされた。 俺ソッコーで病院行ったよ。

そしたら爺ちゃんケロってしてたな。
なんだよ心配して損し­たってな感じだった。
でも俺、毎日病院行ってた。じいちゃん小遣いはかかさずくれるもんだから・・・

ある時、丁度受験だったこともあり爺ちゃんが俺に高校の話してきた。
『俺めんどいから高校行かねぇ』って言ったら初めてキレられた。
いつも温厚なじいちゃ­んが初めて・・・
「めんどいってなんじゃ!逃げとるだけやろうが!?男なら逃げんな!!」とか言って、
いきなり戦時中の話された。

  ★ 続く。


jyuhyou kigiAA

 
yuki-lin1B

じいちゃんはシベリアで捕虜になってたんだって、
そりゃもう悲惨だったと・・・

その中には家族を持ってた人、
もうすぐ生まれてくる子供がいた人、
そんな戦友も皆死んだらしい。
もう涙も出ないぐらい悲惨で、何度も死のうと思ったらしい。

けどそんな時、いつもお守りとして持ってた腕時計を見て、
唇をかみ締めて『生きるぞ!­』って決意してたんだって。
その時計は、じいちゃんの親友の形見だそうだ。

じいちゃんと親友は幼い頃から一緒に悪さしたりして近所でも有名な悪ガキ2人組みだったらしい。戦争が激化してきて、じいちゃんも友人も戦争に行くことになったんだけど、じいちゃんの親友は海軍に志願して特攻になったらしい。

最後の別れ際
「俺は空からお前は陸から・・・心配すんな俺がぶっ壊してやる靖国で待ってるなんて言わない。お前は不死身だからな」って笑いながら腕時計を渡したんだって。

それからシベリアに抑留されても、じいちゃんは腕時計だけは取られないように隠し持って『捕虜になるなら切腹しろ』って言われてたけど、『こんな所で日本男児がくたばるか­』って思いながら生きたらしい。

俺さバカだからよく分かんなかったけど泣いたね。
じいちゃんも泣いてた・・・

それ聞いて毎日勉強したわ。
毎日じいちゃんの病室のベッドの横で毎日勉強した。

じいちゃんは日に日に体が弱くなって喋ることもままならなくなっていった。

受験前日かな、じいちゃんさ体震わせながら声もかすれながら手を上にあげて名前呼んだから『何?』って言ったら腕時計だしてきて『ありがとう』って・・・

『ようやくお前に顔向けできるな』って言ってた・・・多分俺と友人間違えてたんだろう­。
その夜じいちゃん死んだ・・・91歳やった。

思い返せばスッゲー男やった。
シベリアから帰ってきて何も無い所から始めて会社起こして俺のおかんやらを育ててきたんやもんな・・・強いよな・・・

じいちゃん死んだ時、俺は初めて『闘う』って意味分かった気がした。
腕時計は俺が引き継いだ。

俺にとってはかなり重い腕時計だけど、
じいちゃん、じいちゃんの親友に顔向けできる男­になれるように闘ってみる・・・。

 大切なこと幸せとは何か、動画と話から感じていただけると幸いです。

  ハートのかけら様
  
 泣ける話 『「闘う」って意味 【シベリア抑留】』
   
 
foto-baner-tori1 

 終戦後に大量の日本兵を捕虜としてシベリア開発に使役したソ連。
 しかも共産革命のために日本人を洗脳教育までしていたのです。
 ★★★
 ソ連当局はこれら日本人捕虜のなかから慎重に人選し、
 これを日本に帰したのち、第五列(国内事情を、特定国または敵軍に通報する
 いわゆるスパイ行為をする一群の人々を指す)の指導的任務につかせるために
 『洗脳教育』をしていたのだった。」

 「ソ連がその捕虜収容所から日本へと帰国させてくる連中は、
  人間なのか、それとも獣なのか?」

 「我々は信じられぬ光景を目にすることとなった。
 上陸直後、吾々の宿舎となった舞鶴援護局の周辺には、
 新しい鉄条網が張り巡らされていた。
 さらに武装した警官隊が鉄条網の外に中を監視するように配置していた。

 あのシベリアの収容所そのものだった。

 シベリアで捕虜になり生きて帰ってきた日本兵を、
 決してわが国は温かく迎えたのではなかったのである。
 実家に戻ってからも周囲から冷たい視線を浴びて、
 本人だけでなくご家族の方も、長い間苦しまれたことであったろう。
    <しばやんの日々さまブログより一部引用>

 それがために日本に帰還しても冷たい周囲の目にさらされていた
 という事があります。
 外国の地にあって過酷な環境からようやく日本に帰還したのに
 「お帰りなさい」という言葉の裏にある冷たい目。
 本当にやるせなかっただろうと思います。

 「シベリア日本兵捕虜収容所(抑留)」について
 下記のサイト様からの引用もあわせて
 お読みいただければと思います。

 さらにこの事をなぜ掘り下げて調査をしなかったのかは、
 下記のサイト様で読めます。

 ★一部引用
 2010年5月25日夜のNHKの
 『クローズアップ現代 シベリア抑留 65年目の真実』を見て、
 「なぜ、日本政府は1991年のソ連崩壊後も、 シベリア抑留の事実調査をしないのか」との永年の疑問が氷解した


昭和57年(1982年)6月30日の第1回から
昭和58年(1983年)7月1日の第9回にいたるまでの、
戦後処理問題を審議した有識者懇談会において
関係する5つの省庁の高級官僚たちが、
シベリア抑留の実態解明調査をすることは
「パンドラの箱」を開けることになると強く反対した。

日本政府がシベリア抑留の事実調査をまったく行わなかったのは、
この問題に関係する5つの省庁の高級官僚たちが、
一致団結して強く調査を拒否していたのが原因であった。
なかでも外務省の高級官僚たちが、最も強硬に実態解明調査に反対していた。

彼らは「外務省としては、戦後処理問題懇談会で、シベリア抑留問題を
 取り上げ検討することにすら、すべて反対する」と主張した。
 彼らは外務省の業務において、その主張を完全実行していたのである。

 ソ連が崩壊してロシアになった。
 ロシア政府が、早くから、
わざわざ「ロシア国立軍事公文書館に、こういう資料がありますよ」と
 教えてくれたにもかかわらず、調査しようとしなかったのである。

 一民間人にすぎない斎藤六郎氏が同館から大量の資料を発見、
 日本に持ち帰ってきたにもかかわらず、
外務省はまったく調査しようとしなかったのである。

当然、数千か所といわれている捕虜収容所(本所、支所、分所)、
劣悪極まる作業環境のため、日本人捕虜たちが炭塵、鉱塵に苦しみ、
【シベリア珪肺】が多数発生した炭鉱・鉱山の採掘現場、
10万人以上が死亡したと推定されるバム鉄道建設に関連する
土木建設、森林伐採、製材等の現場、港湾兵舎等の作業現場等の
現地調査を、ただの一か所も行っていない。

ましてや、極寒期には零下30度以下にもなる日本人捕虜たちの
冬期屋外作業環境を、極寒期に検証することなど毛頭考えていない。
 
~~~~~~~~~~~~~◆
 
★ 固く閉ざされたパンドラの箱
 
 
★ソ連収容所における日本人捕虜の生活と死

★しばやんの日々   
 
~~~~~~~~~~~~~◆

 終戦後、世相が落ち着いてから
 「真実を話す人」が出ないようにしてきたと
 思われても仕方ないような事ばかりです。

 こうした事を踏まえて
 現在行われているロシアとの北方領土交渉が
 一日も早期に解決出来るようにと願っています。

  こうした過去をしっかり学び知る事によって
 今ある不安に怯えるだけでなく、乗り越えられるように。
 日々の豊かで平和な状態を常に感謝出来るように
 過ごしていきたいですね。

   katakuri
po-midori1


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