カウンター アクセスカウンター シベリアのポーランド孤児765名の救出(日本人なら知っておくべき実話) - 和気藹々 ほっとひといきブログ
RSS

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

人気ブログランキングへ
トラックバック
トラックバック送信先 :
コメント
1765:この度の未曾有の事で遅くなりましたが、 by かたくり on 2011/04/01 at 22:26:10

 
 ミルクさんに遅れること^^
 00日^^

 やはり、
 世界中で尊敬され、敬慕の気持ちを持って
 1世紀もの長い間恩義を感じていてくれる
 事は、日本人の誇りとするべきだし
 忘れてはならない大事な歴史ですね。
 このような日本の歴史を日本人は、
 これからは、教育の中に取り入れるべきだし
 語り継いでいく事を実行していかないと
 と思いますね。
 先人達の本当に有り難い徳の遺産です。

 これからも、このような友好国が増えるように
 努力しないとと思いました。
 
 忘れないでいてくれて、ありがとうございます。
 トルコ国さま、
 ポーランド国さま。

 他にもまだまだ先陣の残した徳の遺産は
 アジアにもたくさんありますね。
 

1766:日本外交史上、異例の即断が救った小さな命^ω^ by ミルク on 2011/04/01 at 22:36:24

この感動的なお話を、かたくりさまが書かれるんですね。(^^
大人たちの起こした戦争や混乱に翻弄されて、親を失った子供たち。当時唯一、異国の戦災孤児たちを受け入れる英断を下した日本。

是非、かたくりさまの手で書かれる感動秘話が読みたいです。
続きを楽しみにしています。^ω^

そして当のミルクときたら、4月1日ってんで、アホなネタを出してお茶を濁してしまいました。(^^;

ならばと、ミルクもかたくりさまと同時に別の日本と異国の感動秘話を、また新たに書こうと思います。
о(`・ω・´)○

(同時進行とは、これまた当ブログ初!)
かたくりさまの文の口調に倣って、今度はですます口調で構成したいと思います。

(しかし、ですます口調はフォント数が多くなってしまう…><;)

とにかく、渡りに船!お互い頑張ろー!
о(`・ω・´)○〃

1767:(`・ω・´)おぅ!!!  がんばろうぞぉーミルクさん by かたくり on 2011/04/01 at 22:53:58


 たーくさんの秘話があるからね^^

 日本の素晴らしい徳の遺産を
 どんどん紹介いたしましょう~♪

 フォントかい^^;
 (本当かい)=(^з^)~

 楽しみじゃぁぁぁぁぁー♪

1782:かたくりさん by ぽんた on 2011/04/03 at 01:06:17 (コメント編集)

かたくりさん、ポ-ランドと日本との間にこんな秘話あったなんて知りませんでした、続きを楽しみにしています(^-^)

1785:ぽんたさん^^知って頂けてよかったです^^ by かたくり on 2011/04/03 at 10:46:01


 明治、大正と、日本は諸外国に負けじと
 近代化を急いでいた時代です。
 しかし、日本人の精神性の高さは、
 本当に世界一と言えるほどだったと思います。

 「人間として当然の事」を
 ありのままの状態で実行出来た日本人。
 その行為が今、我々現代日本人に対して
 「徳の遺産」として残っている事実。

 この事を知らない日本人のなんと多いことか。
 それもこれも戦後政策の過ちですね。
 
 難しい事など必要がないのです。
 日本人として、「先人達の事を知る」という
 事が大事です。
 そして、一緒に誇りに思いましょう^^
 我々の先人達の人間的な素晴らしさを。

 そして、
 その上で成り立っている友好国家の
 トルコ、ベルギー、ポーランド、
 亜細亜各国からの気の遠くなるような
 年月においての相手国家教育の素晴らしさ、
 言い伝えられている有り難さを
 きちんと知った上で各国の人々への
 感謝と事実をありのまま伝えることの
 大事さ、大切さを理解して
 次の人へ伝えましょう。
 それが先人への感謝の表れになると
 思います。
 
 次を待っていてね♪
 

1810:暖かいお話しをありがとう。 by kiki on 2011/04/05 at 02:16:49 (コメント編集)

ミルクさん連載に引続き、かたくりさん連載ですね。
気になりながら、遅れてしまいました。
これから、読ませて頂きます。
こちらも詳しくて、びっくり!写真や地図の資料も凄いですね。

1811:読んで頂けて嬉しいです。kikiさん^^ by かたくり on 2011/04/05 at 10:43:12

 本当に、

 先人達が残してくれた
 「人として当然」という精神。
 それが、こうして現代にまで
 語り継がれ、教えられている
 相手国の情操教育の素晴らしさ。

 現代日本人は、
 先人達に感謝してもしきれないほど
 恩恵を受けていますね。
 こうして、パソコンのお陰で
 知ることや読む事が出来る今、
 口伝じゃなくて、ネット伝搬する事が
 現代人に出来る方法かと思っています。
 今後も
 先人達の精神性の高さを知る上での
 お話しを続けたいと思っています。
 我々のお手本だものね♪
 
 (=^・^=)b

 

4105:お願い by 小手川大助 on 2013/11/26 at 18:59:44

フィリペック氏は90年代に何度もお目にかかりワルシャワ訪問時にもお世話になりました。当時はE-メイルもなかったため、その後交流が途絶えてしまい誠に申し訳なく思っています。どなたか現在の連絡先をお持ちの方がいれば連絡いただければ幸いです。キヤノングローバル戦略研究所研究主幹 小手川大助

4167: by 名前書いてね on 2015/06/20 at 17:05:41

日本なら知ってなくてはならない事実だ。

▼このエントリーにコメントを残す

   

シベリアのポーランド孤児765名の救出(日本人なら知っておくべき実話)

fuji忍野 

ポーランド国旗日の丸小1 

シベリアのポーランド孤児765名の救出

 ≪ポーランドからの好意

 阪神淡路大震災の哀しみの時に、
 ヨーロッパの一国がこの時こそ感謝のお返しを
 実行に移すときと、ある計画をしていました。
 その国名は、「ポーランド」である。

 阪神・淡路大震災の震災児童30人ずつが
 96年、97年の2回にわけて3週間の招待を受けた。
 ポーランド各地で歓待を受けたそうです。
 そして
 その日本の震災児童の一人の男の子が片時もリュックを
 背中から離さないのを見て、世話をしたポーランド夫人が
 理由を聞くと、震災で一瞬のうちに親も兄弟も亡くし、
 家も丸焼けになってしまって、
 焼け跡から見つかった家族の
 遺品をリュックにつめているからだと言う。
 だから片時も離さないのだと知った夫人は、
 不憫で涙が止まらなかったという。

 なぜポーランドの人達がこんなにも
 親身な親切を?と誰もが思った。

 この働きかけをした中心人物は、
 東京のポーランド大使館に勤務していた物理学者で
 外交官、スタニスワフ・フィリペック氏。
 フィリペック氏はポーランド科学アカデミーの物理学教授
 だったがワルシャワ大学で日本語を学び、東京工業大学に
 留学の経験もあった。

 祖母からヤポンスカ(日本)は、小さいけれど
 ロシアを打ち負かした事がポーランド人にとって希望となった事、
 勇気づけられた事など聞かされて育っていた。
 ヤポンスカ(日本)がポーランド人捕虜を手厚く扱った事。
 大勢のポーランド人孤児をシベリアの流刑地より助けた事。
 この祖母の影響を受け、
 フィリペック氏は、日本に興味がわき、日本語を学び
 両国の友好のために働こうとしたと言う。
 
  このような親切を戦後の日本人が受けられるのは、
 先祖になられた過去の日本政府、過去の一般日本人達
 からの徳の遺産、有り難い恩恵だと思います。

 そのポーランド人は知っていて、日本人が知らなかった
 歴史的事実とは.......
パンジーポーランドパンジーポーランドパンジーポーランド

 ★★★★★
 その前に
 ポーランドの歴史

 ポーランドという国が建国されたのは10世紀。
 14世紀から始まったヤギェウォ王朝時代には欧州の大国として繁栄し、
 16世紀 に国土が最大となりました。
 しかし16世紀後半から選挙王制に移行すると、
 地方の貴族が勢力を持つようになり、徐々に国力が低下していきます。
 そして18世紀後半には、
 隣接していたロシアプロシアオーストリアの三国に分割され、
 1795年にポ ーランドは消滅。
 第一次世界大戦が終了する
1918年に独立するまでの123年間、
 ポーランドは世界地図から姿を消すことになります。
 
 (外務省HPより)
 首都:ワルシャワ
 有名ポーランド人:
  ショパン、キュリー夫人、コペルニクスなど
 ★★★★★

sakuraラインM

 ≪大和心

 1917年(大正6年)ロシアに共産革命が起こりました。
 その混乱に乗じてドイツ・ロシアに支配されていたポーランドは、
 1919年(大正8年)に念願の独立を勝ち取りました。
 このとき
 シベリアには祖国に帰りたくても帰れない10数万人もの
 ポーランド人が取り残されていたのです。
 シベリアは長い間、祖国独立を夢見て反乱を企てた者の
 ポーランド愛国者の流刑の地だった。
 ポーランドが独立した当時は、ロシア国内は革命、反革命勢力を
 逃れて東に逃避した難民を含めて、十数万人のポーランド人が
 いたといわれている。
 その混乱の中、シベリアのポーランド人を救出するのは困難で
 特に親を失った孤児たちは、行き場所もなく生きる場所も
 見つかりません。
 飢餓と疫病の中で苦しい生活を余儀なくされていた孤児たち。
 特に親を失った子供達はきわめて悲惨な状態に置かれていた。
 この窮状にせめて子供達だけでも生かして祖国に送り届けたい
 との願いから1919年9月ウラジオストク在住のポーランド人によって
 ポーランド救済委員会が発足した。
女史アンナ・ビルケヴィッチ
 委員会は各国に支援の要請をしましたが、ことごとく拒否されていた。

 翌1920年春にはポーランドとソビエト(ロシア)との間に戦争が
 始まり、孤児達をシベリア鉄道で送り返すことは不可能となった。

 ポーランド救済委員会に応じたのは、日本だけだった。
 この時の日本の対応はすばやく、ポーランド救済委員会の
 アンナ・ビエルキエビッチ会長が1920年(大正9年)6月に
 来日し外務省を訪れてシベリア孤児の惨状を訴えてから
 17日後に外務省は救済を決定し赤十字に依頼。
 独立後間もないポーランドとは、まだ外交官の交換もしていない
 状態での決定である。驚くべき早さだった。

 ちょうどこの時期、日本はロシアの赤化による影響防止と
 チェコスロバキア軍救出のためイギリス、アメリカ、フランスとともに
 シベリアに出兵しており、その帝国陸軍の支援も得て、
 救出決定のわずか2週間後には、56名の孤児第一陣が
 ウラジオストクを発ち、敦賀経由で東京に到着した。
ウラジオストックからの経路図1
ウラジオストックでの孤児達
↑ウラジオストックでの孤児達。

 それから翌1921年7月までに5回。孤児375名が来日。
 さらに1922年夏には、第二次救済事業として3回にわたり、
 390名の孤児達が来日した。
 合計765名に及ぶポーランド孤児達。
 習慣や言葉が違う孤児達のことを考え、日赤は孤児10名に
 1人の割合で合計65名のポーランド人の大人を一緒に招く
 という手厚い配慮までしている。

 日本で病気治療や休養した後、第一次はアメリカ経由で、
 第二次は日本船にて直接祖国ポーランドに送り返された。
 
sakuraラインM
続く。jiai1M

ポーランド国旗日の丸小1 

 
 人道上とはいえ、まだ独立間もないポーランド国の
 孤児達を救済すると外務省の早い決断決定は、
 日本の外交史に残る英断だと思います。

  また日赤による大人同行の配慮も当時において
 素晴らしい決断だったと思います。

  こうして、日本に到着したポーランド孤児達は、
 日赤の手厚い保護と治療を受ける事になります。
 
 〔孤児達を迎え入れる準備と受け入れ先
  1920年(大正9)から21年にかけて収容された
 第一次孤児達375名は、東京渋谷町へ。
 (現東京渋谷区広尾)
 「福田会育児所」に収容されました。
 日赤本社病院に隣接しており、設備も整い、
 運動場や庭園もあり、子供達を収容するに
 適した環境だった。

 1922年(大正11)に助け出された第二次孤児達
 388名は、大阪へ。(現大阪市立大学医学部付属病院)
 「大阪市公民病院付属看護婦寄宿舎」が用意された。
 新築2階建ての未使用だったため、清潔で庭も広く
 環境がすばらしく良い場所だった。
sakuraラインM
    
   ウラジオストクから陸軍の輸送船「筑前丸」が
  敦賀湊に入港しました。
  乗船していたのは、粗末な服を着た、
  痩せた青白い顔の
  疲れ切った子供達だった。

敦賀での孤児達
 敦賀での孤児達

 
 
 日赤は
 病気を防ぐため、着ていた衣類などをすぐさま熱湯消毒をし、
 孤児達には代わりに新しい浴衣があてがわれた。

人道の敦賀港
 人道の敦賀港
  
  孤児たちの上陸にあたり、敦賀町内では、
  お菓子、玩具、絵葉書などを
  たっぷりと孤児達に支給しました。
  地元の有志をはじめ、婦人会でもお菓子、果物などの差し入れを行い
  子供達を慰めました。
  敦賀での滞在は、数時間または長くても1日というものでしたが、
  敦賀の人達は出来る限りの温かい手を差しのべました。

  ◇◇◇
 
 
  この時の様子を特に印象深いと回想されている孤児もいました。

  当時9歳だったハリーナ・ノビツカさん(故人)回想
  「到着した敦賀の美しい花園のある浜辺の民家とバナナ・みかんなど
  見たこともない果物を食べ、日本の子供達と一緒に遊んだ想い出が
  忘れられない」と語りました。

  ◇◇◇

  近くの小学校で昼食をとり、休憩をとった後、列車で東京に
  向かいました。
sakuraラインM

  ◆◆◆
  ここで当時の敦賀湊の歴史。
  敦賀港は当時国際港で、
  この港と大陸を蒸すんだ航路の入港、出港に合わせて
  東京からの直通列車が運行されていました。
  敦賀からウラジオストックへ渡り、
  シベリア横断鉄道を経由してヨーロッパへ渡る
  「欧亜連絡国際列車」とも言われていました。
  度重なる人道的な受け入れ港として
  のちに「人道港」と
  言われるようになりました。↓
  欧亜連絡国際連絡の旅路
  ◆◆◆

sakuraラインM
 
 手厚い保護 

  到着したポーランド孤児達の事は、たちまち日本国民の
  最大の関心事になり、同時に大きな同情を集めました。
  日本国民からは、寄付やおもちゃ、人形、お菓子など
  子供達が喜びそうな品々を贈る人が後を絶たず、
  無料で理髪、そして歯の治療なども申し出る人もいました。
  また、学生音楽会は慰問に訪れ、
  各仏教会婦人部からの慰安会招待、寄贈品、慰問品などを
  持ち寄る人々が後を絶たなかった。

   そんな折、
  4月6日には、赤十字活動を熱心に後援されていらっしゃった
  貞明皇后(大正天皇のお后様)様が日赤本社病院の孤児達を
  慰問のため行啓され、親しく接見されました。
  皇后陛下は、孤児達に優しく語りかけ、親の温もりを忘れて久しい
  孤児達を優しく抱きしめました。
  孤児達の中の最も可愛らしい3歳の女の子
  ギエノヴェファ・ボグダノヴィッチをおそばに召されて
  その頭を幾度も撫でながら、「健やかに育つように」と話されました。
 
パンジーポーランド
  ◇◇◇それぞれの回想◇◇◇

  孤児のひとりの少女が回想でこう述べています。
  「どんなに優しくされても心細くてたまらなかった時に、
   孤児収容所に訪問された貞明皇后様に抱きしめてもらったことが
   今でも忘れられない


  ヘンリク・サドスキさん(故人)回想
  「孤児収容所に慰問された貞明皇后様に抱きしめてもらった
   ことが忘れられない

   だから、
  「一番大事にしている物を皇室に渡して」と救出当時の写真を  
  「ジェチ・プオツク少年少女舞踊合唱団」に託していた。

  シベリーナ・リロさん(故人)
  平成14年
  今上天皇・皇后陛下がポーランド訪問の時に
  孤児生存者の一人として
  「長年の感謝の気持ちを」と恐縮しつつも謁見。
  「日本は天国のようなところだった」と言い残している。
  ◇◇◇
パンジーポーランド

 続く

 (かたくり)
関連記事
スポンサーサイト

人気ブログランキングへ
このエントリーのタグ: Illust
トラックバック
トラックバック送信先 :
コメント
1765:この度の未曾有の事で遅くなりましたが、 by かたくり on 2011/04/01 at 22:26:10

 
 ミルクさんに遅れること^^
 00日^^

 やはり、
 世界中で尊敬され、敬慕の気持ちを持って
 1世紀もの長い間恩義を感じていてくれる
 事は、日本人の誇りとするべきだし
 忘れてはならない大事な歴史ですね。
 このような日本の歴史を日本人は、
 これからは、教育の中に取り入れるべきだし
 語り継いでいく事を実行していかないと
 と思いますね。
 先人達の本当に有り難い徳の遺産です。

 これからも、このような友好国が増えるように
 努力しないとと思いました。
 
 忘れないでいてくれて、ありがとうございます。
 トルコ国さま、
 ポーランド国さま。

 他にもまだまだ先陣の残した徳の遺産は
 アジアにもたくさんありますね。
 

1766:日本外交史上、異例の即断が救った小さな命^ω^ by ミルク on 2011/04/01 at 22:36:24

この感動的なお話を、かたくりさまが書かれるんですね。(^^
大人たちの起こした戦争や混乱に翻弄されて、親を失った子供たち。当時唯一、異国の戦災孤児たちを受け入れる英断を下した日本。

是非、かたくりさまの手で書かれる感動秘話が読みたいです。
続きを楽しみにしています。^ω^

そして当のミルクときたら、4月1日ってんで、アホなネタを出してお茶を濁してしまいました。(^^;

ならばと、ミルクもかたくりさまと同時に別の日本と異国の感動秘話を、また新たに書こうと思います。
о(`・ω・´)○

(同時進行とは、これまた当ブログ初!)
かたくりさまの文の口調に倣って、今度はですます口調で構成したいと思います。

(しかし、ですます口調はフォント数が多くなってしまう…><;)

とにかく、渡りに船!お互い頑張ろー!
о(`・ω・´)○〃

1767:(`・ω・´)おぅ!!!  がんばろうぞぉーミルクさん by かたくり on 2011/04/01 at 22:53:58


 たーくさんの秘話があるからね^^

 日本の素晴らしい徳の遺産を
 どんどん紹介いたしましょう~♪

 フォントかい^^;
 (本当かい)=(^з^)~

 楽しみじゃぁぁぁぁぁー♪

1782:かたくりさん by ぽんた on 2011/04/03 at 01:06:17 (コメント編集)

かたくりさん、ポ-ランドと日本との間にこんな秘話あったなんて知りませんでした、続きを楽しみにしています(^-^)

1785:ぽんたさん^^知って頂けてよかったです^^ by かたくり on 2011/04/03 at 10:46:01


 明治、大正と、日本は諸外国に負けじと
 近代化を急いでいた時代です。
 しかし、日本人の精神性の高さは、
 本当に世界一と言えるほどだったと思います。

 「人間として当然の事」を
 ありのままの状態で実行出来た日本人。
 その行為が今、我々現代日本人に対して
 「徳の遺産」として残っている事実。

 この事を知らない日本人のなんと多いことか。
 それもこれも戦後政策の過ちですね。
 
 難しい事など必要がないのです。
 日本人として、「先人達の事を知る」という
 事が大事です。
 そして、一緒に誇りに思いましょう^^
 我々の先人達の人間的な素晴らしさを。

 そして、
 その上で成り立っている友好国家の
 トルコ、ベルギー、ポーランド、
 亜細亜各国からの気の遠くなるような
 年月においての相手国家教育の素晴らしさ、
 言い伝えられている有り難さを
 きちんと知った上で各国の人々への
 感謝と事実をありのまま伝えることの
 大事さ、大切さを理解して
 次の人へ伝えましょう。
 それが先人への感謝の表れになると
 思います。
 
 次を待っていてね♪
 

1810:暖かいお話しをありがとう。 by kiki on 2011/04/05 at 02:16:49 (コメント編集)

ミルクさん連載に引続き、かたくりさん連載ですね。
気になりながら、遅れてしまいました。
これから、読ませて頂きます。
こちらも詳しくて、びっくり!写真や地図の資料も凄いですね。

1811:読んで頂けて嬉しいです。kikiさん^^ by かたくり on 2011/04/05 at 10:43:12

 本当に、

 先人達が残してくれた
 「人として当然」という精神。
 それが、こうして現代にまで
 語り継がれ、教えられている
 相手国の情操教育の素晴らしさ。

 現代日本人は、
 先人達に感謝してもしきれないほど
 恩恵を受けていますね。
 こうして、パソコンのお陰で
 知ることや読む事が出来る今、
 口伝じゃなくて、ネット伝搬する事が
 現代人に出来る方法かと思っています。
 今後も
 先人達の精神性の高さを知る上での
 お話しを続けたいと思っています。
 我々のお手本だものね♪
 
 (=^・^=)b

 

4105:お願い by 小手川大助 on 2013/11/26 at 18:59:44

フィリペック氏は90年代に何度もお目にかかりワルシャワ訪問時にもお世話になりました。当時はE-メイルもなかったため、その後交流が途絶えてしまい誠に申し訳なく思っています。どなたか現在の連絡先をお持ちの方がいれば連絡いただければ幸いです。キヤノングローバル戦略研究所研究主幹 小手川大助

4167: by 名前書いてね on 2015/06/20 at 17:05:41

日本なら知ってなくてはならない事実だ。

▼このエントリーにコメントを残す

   

Translation翻訳

魂の掛け軸

最新記事

わきあいRSS記事画像

RSSリンクの表示

最新コメント

カテゴリ

ごあいさつ (10)
宇宙・UFO・ET関連 (11)
地球の変容とアセンション (40)
神秘・預言・予言 (30)
竹内文書・皇祖皇太神宮・古代史 (13)
出口王仁三郎・ひふみ(一二三・日月)神示 (91)
一二三(ひふみ・日月)神示:一二三祝詞 (6)
出口王仁三郎・ひふみ神示(一二三・日月神示) (85)
日本列島は世界のひな型・相似形 (13)
日本と世界の近代史 (5)
生命科学 ライフサイエンス(Life Science) (4)
災害・食糧危機・お役立ち情報 (20)
原爆・原発 (5)
日本再生を模索する普通の人々 (3)
日本の誇りと自慢 (6)
陰謀と世の中おかしいこと (10)
陰謀 (4)
本当に何かがおかしい (4)
温暖化問題とそして風力発電所問題 (1)
洗脳問題 (3)
あなたの洗脳度をチェックしてみましょう。 (2)
政治関連・国際情勢 (5)
日本が世界中から愛される秘話 (12)
世界の愛すべき秘話 (2)
ほっとする話 (6)
和気藹々 ほっとニュース (6)
ほのぼのニュース・発明・発見ニュース (3)
ブレイクタイム・軽い話 (1)
風刺・時事川柳 (1)
和気藹々 談話室♪ (19)
ほっとする音楽 YouTube 動画紹介 (9)
ほっとする音楽 (1)
個別推薦YouTube音楽動画 (8)
お勧め動画・URL (2)
マイ・フィーリング(心情・ポエム) (21)
このブログへの想い・難しいね! (5)
Each room (12)
ミルクの小話・ひとりごと (6)
ぽんたルーム (6)
更新および連絡・質問 (3)
未分類 (0)

検索フォーム

全記事表示リンク

カレンダー

07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

月別アーカイブ

リンク

和気藹々ブログ歴

47news

プロフィール

かたくりto ・ほっとひといきチーム

Author:かたくりto ・ほっとひといきチーム
ようこそ!和気藹々 ほっとひといきブログへ!
知的好奇心旺盛な癒し系からほのぼの系まで個性的なひといきチームとご一緒に♪

全国放射能測定値

全国の数値がわかります。

コガネモチ

忍者AdMax

未来の免許証!?

今後必要になる?

ブロとも申請フォーム

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

QRコード

QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。