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シベリアのポーランド孤児765名の救出 2(日本人なら知っておくべき実話)

パンジーM

ポーランド国旗日の丸小1

孤児達の健康状態

 
収容された時の孤児達の多くは、
 栄養不良でやせ細り、青白い顔色をしており、
 お腹がふくれ、歩行時もふらふらする状態でした。

 子供達の多くは、腸チフス、感冒、百日咳などの
 伝染病の病気にも罹っていました。

 日本赤十字社は、すぐに治療を開始しました。

 さらに長い劣悪な生活のために着ている物はぼろぼろで
 靴を履いている子供など,ほとんどいませんでした。

 そこで日赤は、子供達全員に衣服、肌着、靴、靴下など
 新調したものをあてがい、
 適した食事の提供、菓子、果物を
 支給しました。
 
 孤児達の一日の生活
  

孤児達の一日は、
 
  午前6時 :起床(冬季7時)
       :洗面後、お祈り         
  午前7時 :朝食
大阪での食事風景孤児達1
 食事風景 大阪
 
  以後自由時間
    読書、勉強、寄贈のおもちゃで遊び、
  昼食以後の午後は
    まったくの自由時間で各自、自由に過ごしていた。
  午後6時 :夕食
  午後8時 :お祈り後就寝

   食事の献立と調理は、子供達の好みと栄養を考え
  一緒に付き添って来日しているポーランド人達が
  していました。
 
   子供達は、よく規則を守り、お祈りも必ずして 
  過ごしていましたが時々は、市内の見物や
  いろいろな慰問会に出席したりして楽しく過ごしていました。
 
sakuraラインM
  
  ≪日本での生活

   収容先(東京、大阪)では、子供達を慰めるための慰問会に
  出席したり、動物園や博物園にも行ったりしました。
  また
  貞明皇后様からの御下賜金が届けられたり、
  日本全国からの善意の寄付がたくさん寄せられていました。

   病院での充分な治療と、そのための治療室と病室が
  準備されていました。
  この他に、子供達の安全のために
  警官が警護にあたるなど、子供達の周りは善意に
  溢れていました。

  「看護婦さんは、病気の私の頭を優しく撫で、
  キスをしてくれました。
  それまで人に優しくされたことがありませんでした
。」
  と、ひとりの孤児は回想しています。

日赤看護婦と孤児 日赤看護士たちと子供達2 
日赤の看護士たちと孤児達

  こうして、子供達は急速に元気を取り戻し、
  体力も戻りました。
  
  
  ≪滞在中の悲しい出来事
 
  懸命に孤児たちの世話をしていた、看護婦の松澤フミさんは
 孤児の中から発生した腸チフスに感染し、
 23歳の若さで殉職しました。

 彼女の死は多くの子供たち、そして関係者に衝撃を与えました。

 事情を知らない幼子は、優しかった松澤看護婦の名前を呼び続け、
 周りの人たちの涙を誘いました。

 彼女は、
 1921(大正10)年にポーランド国から赤十字賞、
 また1929(昭和4)年に名誉賞も贈られました。
 松澤フミ看護婦は、新潟県出身で、
 当時神奈川県支部に所属していました。

sakuraラインM

  ≪おわかれ

  こうして日本での手厚い保護を受けて
 元気を取り戻した孤児達の
 帰国へ向けた準備が始まっておりました。

  日本出発前に各自に洋服が新調され、
 航海中の寒さにも配慮された毛糸のチョッキも支給されました。
 この別れに際しても、多くの人々が衣類やおもちゃなどの
 贈り物をしていました。

 港では、
 「君が代」と「ポーランド国歌」を涙にぬれながら斉唱し
 「ありがとう」「さようなら」と幼い感謝の気持ちを
 両国の旗をちぎれんばかりに
 振り、見送る人も見送られる子供達も
 別れを涙ながら惜しんでいました。
   
  <横浜港からのわかれ
  祖国へ向けて出発をする際、幼い孤児たちは、
  親身になって世話をした日本人の保母さんとの別れを
  哀しみ、乗船する事をなきじゃくって嫌がりました。
  
  <神戸港からのわかれ
  こちらでも横浜港と同様に、なきじゃくる孤児達。
  
  どちらも子供達ひとりひとりにバナナと記念の菓子が配られ
  大勢の見送りの人達が子供達の幸せを祈りながら
  涙をながし船が見えなくなるまで手を振っていました。


 ≪回想:帰国の船の中で

  子供たちを故国に送り届けた日本船の船長は、
  毎晩、ベッドを見て回り、ひとりひとりの子供達に
  毛布を首までかけてやり、子供達の頭を撫でて、
  熱が出ていないかどうかを確かめていたという。
  
  「その手の温もりを今も忘れられない」と
  一人の孤児が回想しています。


  帰国は、
  第一次の孤児達
  横浜から6回にわたり、諏訪丸で150名
  香取丸で114名、伏見丸で106名、合計370名。
  アメリカを経由して、ポーランドへ。
  
  第二次孤児達(大阪)
  神戸港から2回にわたり、香取丸で191名
  熱田丸で199名の合計390名。
  香港、シンガポール、マルセイユ、ロンドンを寄港し
  ポーランドへ。
輸送船香取丸
 輸送船 香取丸

  

  こうして祖国へ無事戻った孤児達でした。
  そうして、それぞれの人生を歩むことになるのです。
パンジーポーランド

参考:ポーランド孤児救出の物語
sakuraラインM

  が、
  時代は争乱へと変化していきます。
  そして、第二次大戦が迫っていました。
  後日談は次に。

 (かたくり)

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コメント
1977:先人の徳のお話しはUPしたいのですが、滂沱の涙で by かたくり on 2011/04/25 at 09:43:01


 なかなか 文章がまとまらずに^^;

 もう、時間だけが経ってしまい^^;
 本当に先人達の奥深い行いと気持ちに
 触れる良い話しには、涙がとまりませんね。
 

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